キャリアアンカーとは、どのような状況に置かれても、自己実現のために目指すべき拠り所となる仕事に対する価値観のことです。これは、1970年代、アメリカの心理学者エドガー・シャインによって提唱された概念です。キャリアアンカーは「CAREER(人生)」と「Anchor(いかり)」を足した造語です。船は、停泊時に流されないように、海中にアンカー(イカリ)をおろすことで、どのような港や気候であっても安心して停泊することができます。仕事をする上で、さまざまな変化があったとしても、自分の拠り所として機能する「仕事に対する価値観」があれば、自分らしさを 維持できるのです。仕事に対する価値観とは、自分自身は「これだけは譲れない」という大切な考えや欲求などで、キャリアを選択する際の「判断基準」となるものです。キャリアアンカーは、たとえ周囲が変化しても、自分自身は、決して揺らぐことのない「自己の内面において不動なもの」と言えます。
自分のキャリア・アンカーを知るには?
そして、キャリア・アンカーは、それによってキャリアが決定するものではなく自分にとってより望ましい方向にキャリアを進めていくための羅針盤として用いるものなのです。キャリア・アンカーを明確にするためには,以下のように自分自身に問いかけることが必要です。
- 何ができるのか(才能と能力)
- 何をやりたいのか(動機と欲求)
- 何をやっている自分が充実しているのか(意味と価値)
これらの要因を自覚することによって、潜在的なキャリア・アンカーを自覚することができるのです。このキャリア・アンカーは、個人と仕事環境の相互作用の結果であり、キャリアをスタートした頃は曖昧であったものが、仕事経験を積むプロセスで個人の内面に作られていき、30歳前後で固まると言われています。そして、さらなる経験や環境変化が起こっても、一旦形成されたキャリア・アンカーは変化しにくく、生涯にわたって個人の重要な意思決定に大きな影響を与えると考えられています。
外的キャリアと内的キャリア
その指標として,シャイン(Schein E.H)が提唱している外的キャリアと内的キャリアという概念を示しています。外的キャリアは仕事内容や実績や組織内での地位など客観的側面です。具体的には、職種・年齢・役職・年収・資格・実績などがあり、外から見えるキャリアのことです。
内的キャリアとは、主観的側面であり自分自身の仕事に対する動機や意味づけ、価値観です。内的キャリアは自分の仕事に満足感を持っているか、やりがいを感じているかなど、本人だけが持っている基準で判断します。そして、人生百年時代の現代社会では、働き方だけでなく、社会も多様化しており、プライベートな状況もキャリアに影響を与えることがあります。日々の生活の中で、人事異動や転勤、結婚や家族の誕生、親の介護など、誰でも人生の節目が訪れます。その節目がきっかけとなり、自らのキャリアに対して、客観的に心中を見つめ「今、何をどのように感じているか」を改めて熟考することもあるのです。その際、あらためて自分自身の社会経験を振り返り、キャリアに関する根本的な価値観とは何かを見つめ直すことになります。その結果、自分の生き方や人生の価値観に対して「自分なりの基軸」が存在することに気づくことがあるのです。
シャインはこのような「基軸」が重要であり、今後のキャリアを考える上で重要な判断基準となり、キャリアを構築する目安となり、客観的に迷わずキャリアを構築できると考えたのです。
キャリアアンカーの8つのタイプとは
キャリアアンカーは8つのタイプに分類されます。各タイプの特徴は以下の表の通りです
項目 | タイプ | 内容 |
---|---|---|
専門・機能的能力 | 専門家タイプ | 自分の専門性や技術が高まることに意義を感じる。特定の分野におけるプロフェッショナルを目指す傾向があるタイプである。研究開発・エンジニアなど |
経営管理 コンピタンス | マネージャータイプ | 組織の中で責任ある仕事を担うことに意義を感じる。チームや部署などの組織をとりまとめるなど管理職として能力を発揮したいタイプである。マネージャー・経営者など |
自律・ 独立 | 独立タイプ | 自分で独立して生きていくことに意義を感じる。 個々が裁量を持って活躍したいと考え、個人のスキルで成果を得たいと考えるタイプである。フリーランス・芸術家など |
保障・ 安定 | 安定志向タイプ | 安定的に一つの組織に属することに意義を感じる。 社会的地位や経済面の安定性を確保したいと考えるタイプである。公務員など |
起業家的 創造性 | クリエイタータイプ | 新しいことを生み出すことに意義を感じる。 独創的な発想を活かして活躍したいと考え、刺激が得られる仕事に挑戦するタイプである。起業家など |
社会貢献 | 社会貢献志向タイプ | 社会を良くし、他人に奉仕することに意義を感じる。社会貢献度の高い職務を好み、裏方での支援をしたいと考えるタイプである。医療・福祉関連職など |
チャレンジ | 挑戦志向タイプ | 解決困難な問題に挑戦することに意義を感じる。 課題解決や挑戦することで達成感を得られるタイプである。営業など |
全体性と調和 | ワークライフバランスタイプ | 仕事とプライベートのバランスを調整することに意義を感じる。仕事とプライベートを両立し、メリハリのある働き方が意欲に繋がる。事務職など |
参考:キャリア・アンカー診断 (chikaku-navi.com)
キャリア・アンカーで得られる効果
キャリア・アンカーは、個人のキャリアにも影響を与えますが、組織側が従業員のことを理解する上でも役に立ちます。
組織側
組織がキャリアアンカーを把握すると、採用のミスマッチを防ぐことができますし、社員を適材適所に配置できます。また、上司や同僚、部下と価値観を理解し合うことで、お互いを尊重し、働きやすい職場になります。その結果、社員の意欲向上に繋がり、最大のパフォーマンスを発揮できる環境となり、大きな成果へ繋がるでしょう。
個人側
個人がキャリアアンカーを見極めることで「自分がどのようにありたいか」を理解することができ、昇進や転職など人生のさまざまな節目で満足度の高い働き方を選択しやすくなります。特に、自分の適職を知るきっかけにもなり、転職などに迷った時に羅針盤の働きをしてくれます。そして、自分自身が重要だと感じている価値観は、継続的に意欲を保ちやすくなるというメリットもあります。
多様化する社会における「自分らしいキャリア」とは
現代社会では、働き方が多様化し、転職も当たり前になりました。キャリアの選択肢は増えましたが、その分、決断に悩むことも多くなりました。人生の岐路を迎えた時に「現在のキャリアを続けるべきなのか」あるいは「転職なども含めて別の道に進むべきなのか」など真剣に悩み、判断しなければなりません。
その結果、転職を選択したとしても「報酬や役職」を重視するべきか「仕事内容や福利厚生などの労働環境」を重視するべきかなど、さらに決断を迫られます。人生は決断の連続ですが、その時に、自分自身の軸となる「仕事に対する価値観」を理解しておくと、少し冷静に客観的に判断する指標となります。
まとめ キャリア・アンカーを把握しよう
自分自身の軸となるキャリア・アンカーを把握することで、仕事や人生に求めているものを明確に自覚でき、納得のいく働き方を選びやすくなると考えられます。もしキャリアの方向性に迷った時、より「自分らしいキャリア」を選択するために、キャリア・アンカーを知ることで、新たな気づきがあるかもしれません。