社会心理学における「社会的影響」とは
社会心理学における「社会的影響」は、集団や個人間において、一方が他方の行動や感情を変化させることです。人々の態度や行動が他の人の存在のあり方やコミュニケーションに影響される過程を差しています。例えば、社会生活では、職場の上司、家庭の親などが「命令を下す」など人に影響を与えようとする場合がありますね。しかし、人が自分の望む行動を相手にとらせようとするとき、自身の意図が受け手に伝わってしまうと、相手は反感を持つこともあるのです。したがって、相手に意図を悟られないように誘導することが必要になりますが、それらの方法はいくつか広まっており、他人から承諾を引き出すことを目的とするセールスや広告戦略などで活用されています。
そして、我々は、このような試みに遭遇した場合、その場に応じてYes・Noを決定しなければならなくなります。しかしながら、何らかの手法により惑わされてしまい、自分自身の十分な思考の結果としてではなく、要請を受け入れてしまうことが生じてしまうのです。
自動反応とは?
実験社会心理学者チャルディーニは、動物行動学者の研究を引用して、動物の行動には多くの自動的なパターンが認められ、優れた行動である場合が多いことを指摘しており、人間の行動にもこのようなあらかじめプログラム化された「自動反応」があると述べています。そして、この「自動反応」は、人間の集団生活の歴史の中で形成され、人間の感情メカニズムに組み込まれた本性ともいえるのです。
興味深い事例として、観光地の土産物屋で宝石に誤って2倍の価格をつけたところ、急速に売上が伸びたということを挙げています。これは、「高価な物は優れている」という経験で得られた価値観により、一種の判断の「自動反応」が働いていいます。
彼によれば、これらの自動反応は、自らの認知能力を有効利用するための対処法であり、先天的ではなく、経験などから学習している傾向が強いといいます。そして、加速的に複雑化していく現代生活に適応する上で、このような「自動反応」に頼らざるを得ない状況にあるのです。なぜなら、現代社会は、急激に変化しており、注意深く分析する時間や条件が整わないことが多く、信頼性の高い情報を基礎にして承諾するか否かの決定を即座に行わざるを得なくなっているといえるのです。
チャルディーニの6つの影響力とビジネス活用
チャルディーニは、承諾の過程で作用すると考えられる自動反応として、6つの影響力として分類しています。他者との親密な関係は我々の生活にとって非常に重要なものであり、強い影響を受けているのです。チャルディーニは他者に影響を及ぼすことを意図した心理要因として、返報性、一貫性、社会的証明、好意、権威、希少性を挙げています。それぞれの内容とビジネスでの活用法をみていきましょう。
◎返報性(reciprocation) 返報性は、人からの親切にしてもらった場合、お返しをしなければならないという心理のことです。人から何かプレゼントをもらうなど好意を受けると、自分も何かお礼をしなければならないと考えとしまいますよね。 このアプローチをビジネスに活かすには、サンプルや無料体験が挙げられますね。何かを得るためには、まず相手に何かを与えることが大切なのです。 |
◎一貫性(consistency) 一貫性とは、自分が一度決めたことに対して、最後まで貫き通したいという心理のことです。社会では、一貫性のある人物が評価される傾向にあるので、自分自身が決定したことを口頭や書面で表明すると、守りたいという意識が強くなります。 このアプローチをビジネスに活かすには、まず小さなアクションを提示して、少しずつアクションを大きくすることです。例えば、最初に「アンケートに答えてもらう」、次にアンケートにより興味がありそうな人に「メルマガに登録してもらう」、さらに商品に興味持った人を対象に「お勧め商品を提示する」などステップアップを図ります。 |
◎社会的証明(social proof) 社会的証明とは、自分の判断ではなく、他社の評価・評判を判断基準にする心理のことです。 これは、周囲の動きに同調したくなる気持ちであり、「皆が同じように行動しているからには何か価値があるに違いない」という心理が働くのです。人は他人の行動に影響されます。 ビジネスにおいてはネットショップなどで「売上No.1」の表示や「評価の数の多さ」「口コミ」など数多く活用されています。 |
◎好意(liking) 好印象の人や、親しい人からの依頼には応じやすいという心理のことです。人は、好印象の人の要求には応じやすく、そうではない人は応じにくい一面があります。 したがってビジネスにターゲットに「好意」を持ってもらうアプローチが望ましいと言えます。SNSでも親しい人に勧められた商品は購入してしまいますよね。 例えば、サービス業では「お客様」「顧客」「ひいき客」の違いについて述べられます。 「どのお店に行こうかな?」と迷う人は「お客様」の段階です。 次に「私はこのジャンルの商品を買うのはA社と決めている」という人は「顧客」の段階です。 そして「私がこのジャンルの商品を買うときは必ずB社に決めている。それはB社には、Sさんがいるからね。Sさんのお勧めは間違いないよ。」という人は「ひいき客」の段階です。 ここまでになると、別のお客様を連れてきてくれる可能性もあります。最終的には「好感を持っている人」が一番の信用になるのです。 |
権威(authority) 肩書きや経験などの権威を持つ人や社会的に影響力のある人の言動や行動を信頼する心理のことです。人は、社会的に知名度の高い人の発信であれば「正しいもの」と判断していまいがちです。 例えば、これも営業マンが見せるパンフレットなどに「専門家推奨」などを付け加えることにより、人々の心を大きく刺激することになります。 |
希少性(scarcity) 希少性とは、珍しいものや限られたものに価値を見出す心理です。これは、その商品が入手困難な場合に、魅力的に感じられる現象です。例えば「期間限定」や「限定10個」など常に得ることはできないものに対して心が惹かれる傾向にあり、その商品を購入する可能性が高くなります。 これはで6つの法則の中でも、最も良く使われており、「本日限り50%OFF」「残り3個」などの表示です。「限られたものほど欲しくなる」という心理が働きます。 |
まとめ 知識のインプットだけでなく実践しよう
このように「チャルディーニの6つの法則」は相手の心理を活用する方法であるため、知識だけでなく実践できるのも魅力ですね。ロバート・B・チャルディーニの「影響力の武器」は、多くのビジネスパーソンに愛用されています。マーケティングや営業の中で、購買や成約、リピートに結び付けるためのヒントが詰まっているので、意識して活用していきたいですね。
参考文献
神原 歩 遠藤 由美(2013)合意性推測の高さが脅威に晒された自己肯定感を修復する効果 実験社会心理学研究 Vol. 52 (2012) No. 2 p. 91-103
木村裕 福井至 稲木康一郎(2010) 視覚刺激を無条件刺激として用いたヒトの自動反応形成のこころみ Vol. 61 (1990-1991) No. 5 P 351-355
原岡一馬(2003)同調, 服従行動としての社会的影響過程と自己統制感 久留米大学心理学研究 第2 号 2003,1−14
ロバート・B・チャルディーニ(2008) 影響力の武器[第二版] 誠信書房
木村昌紀 余語真夫 大坊郁夫(2005) 感情エピソードに会話場面における表出性ハロー効果の検討 感情心理学研究 Vol.12 No.1 P12-23